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Ryoji Suzuki Memo

memoRyoji Suzuki image (メモ&ダイアリー)は Ryoji Suzuki の日々の心の足跡。自分向けのメモですが公開しています。良かったらご覧ください。ブログはこちら⇒ねむれないあなたへ

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順序って大切

順序って大切


自分の視界の狭さや歪みを知りつつある。どれだけ多くの人の在り方や気持ち、感覚を想像できても、実際は己の頭脳や知識範囲内の想像でしかない(ここで注意がいるのは「実際に知覚や感覚を伴った経験」という根拠があったにしても、それを無意識に思考変換したものなら、知識や考察・検証の当該化になってしまっている、ということなども)。それはたとえある人の「在り方、気持ち、感覚」を言い当てることができた、としても。また、言い得ずともある人の気持ちや心の痛みを十分に感じられた、としても。単に言えば自身が相手そのものに成り得ることはない。前述したたとえは、どこまで追求しても、ある人に対して演じるいわばその相手風な自身のイリュージョンもしくはコピーであって、それをあくまでも己が完璧に仕上げるのならそれは一つの特技ということだ。そのような錯覚に近しい自身の投影を自ら相手そのものにすり替えるほどのことができるなら、それは役者という一流の専門家にも成り得るかもしれない。人が人としてごく普通にあるだけのことなら、相手に自身を投影することより、相手のことの想像をするよりなにより、まず自分を知ることと、自分のことを相手に伝えるところから出来るようになればいい。そしてそこに想像は不要、まずは『今』自分がどうか、ということからだ。そして本当にそれができるのなら、相手の気持ちを考えたり、さらにもっと自分を知ってもらうためにも相手のことを知ろう、そういうことも意味を成してくるのだろう。と、思ったのが今朝の私です。


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孤独

孤独


人は独りでは生きてはいけない、と言う。でも、もし本当に独りだったとして、生きられないのだろうか。私は「本当に独りだった」という経験がない。独りになりたくて、何日間か冬の山に独りで居たことはある。でもそれがたった数日であっても山を下りる頃は人懐かしくなっていたものだった。そしてある頃から何かを悟ったらしく「独りでありたい」とは思わなくなった。また、今はいろんな情報があるので「独り」ということがどういうことか、など、どんな角度から定義しても大概は中途半端な状況や環境の異なりなどを比較して「~より幾分か、は独りっぽい」というくらいなことでしかないんだ、とも考えるようになったのだろう。もし人が「本当の孤独」を感じているのならそれはとってもつらいことだと思う。独りになろうとして中々独りになれるものではない。回りにいくら人がいても「独り」としか感じられない、ということこそ「独り」なんだと思う。でももしそうであっても自分の存在はあるし、自分の身体はある、自分を見つめる自分だってあるし、自分の心だってある。本当の自分に嘘がなく、本当の自分を認め、いつでも本当の自分を感じているのなら、たとえ回りに人が誰もいなくても、「独り」ではないことが感じられるようになるのかな、と、今日はそんなことを思ってみたり、考えてみたりもした。


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目覚め

目覚め


前回前々回と夢見に関することを書いたが。今回、夢の記憶は目覚めと同時に消えていったが、その目覚めでハッキリと描かれた『楽曲のアレンジ』が寝起きのイメージに残った。そのイメージを崩さないよう、落ち着いて体を起こし、又寝しないように段取りを。『楽曲のアレンジ』とは、今取り掛かっている楽曲のイントロの、パートごと・旋律ごとの細部までがイメージされているもの。ドラムに値するのはスネアのロールでのマーチング奏法である。主旋律はペダルスチールギターによるもの。ボトルネックやアーミング奏法でまかなえるだろう。コード和音はアコーステックギターとコーラスの複旋律で。またベースによって、コードの骨格を押さえる。いまのところ8小節の長さのイントロだ。さて、それを再現するのにMUSESCOREを立ち上げ、4つのパートに記しおさめた。準じて曲中の転調などのイメージも加わってきた。この後どうなるか。


関連記事⇒旋律の夢emoji

北海道の雲

北海道の雲


私にとって今だ未踏の地である北海道。前回記事で「夢見」について触れたが、あまりにもハッキリ覚えているので夢の表現描写を試みる。近所の懇意にしていたある自転車ショップでのやりとりから。~前略~『その予備タイヤには必ず手作りの注連縄をかけたものだよね』「そういえばそうだったよね…9~10月には毎年用意していたね。今はその注連縄を手作りしていた園芸店は閉店したので最近は忘れていたよ」「あ、鈴木君の関係者じゃない?…何か音楽の関係者があそこにいるよ?」『え?ちょっと行ってみます』見覚え無き紳士風の方が数名。『はじめまして…何か…』「ええ、私どもは北海道のあるところでコンサートをしてきたのです」「場所は…網走・知床半島方面の…大変に景色のよいところで涙がでますよ」この会話の時点で私の居る場所は北海道であった。私はこう答えた。『ホント、そうですよね』『私はあのような雲を今こんな間近に見て…そばに感じているだけでもう涙がでちゃいます』。あのような「雲」とは、最奥には阿寒岳あたり、その遠方から斜里岳や羅臼岳にかけ、大空に弧を描くようにピンクと白、オレンジ色、グレー色のしっかり固まった、まるで超巨大ドーナツが~イチゴホイップとマーブルチョコ、オーロラ模様のグリグリしたドーナツ状の「雲」が。ふわふわと、ゆ~っくりと動き、手の届きそうな窓の付近まで垂れさがってきている、それは北の低温地帯でしか見れないもの、そんな夢だった。まだストーリーは続くけれど、書くと長編化してしまうので前後は割愛で。


園芸店⇒実際に自転車ショップに併設していた園芸店emoji

リセット

リセット

ここしばらく「睡眠が浅いのではないか」ということを、朧気にも考えてみた。目覚める度の疲労感が無きにしもあらず。シャッキリしているようで、思考が複合しているような感覚で、言語表現が伴わない感じでありながら思考の個々の感覚自体はあって、ながらもどことなく意識や挙動に至るまでの切れ目がない。寝起きにはっきりしている夢の記憶があり、その感じでは、おそらく体外の物音に反応していても、夢の中では自発する音声や行動に変換されてしまっている~この妙な自覚ある繰り返しと、睡眠時間が少ないわけではないので、身体は休めているんじゃないだろうか~と考えてしまうのと・・・でもダルさもある、という実際。このようなほとんど『混乱』と言えそうな自己分析さながらに、こうして書き記すまでに至ったのは「リセット」という表現が浮かんだことがきっかけに。で、実際何を「リセットするのか」という具体的なイメージはないけれど、今言えることは「リセット」という表現にはどこか拠所となる思いが自己の中にある「落ち着き」の一環を成しているのだろう。我ながら妙な遊び心のひとつなのかな?などとも。


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体感

体感


例年に比べ気温が低い、そう感じる。そう思ってみたら「年々段々暖かくなっている感じ」を、思い出した。そう思い出したら「少しずつ暖かくなっているとしたら、気温が下がることに敏感になるだろうな」と、思った。そうして、とどのつまり極端に気温が低いわけではないのだろうか、と考えてみた。さらに「自分の感覚や体温調整自体の低下(稀にはその逆)」ということだってあるだろうな、とも考えてみた。いつもなら、この思考遷移のどこかで、気象庁などの実際のデータを「調べてみる」という行動に移るだろう。けれど、今はここまでの感覚や思考をここに書いただけで、一旦この「体感」のことから離れることにした。自意識的に意味付けをしないような意識で。


参考⇒自意識自意識過剰emoji


ブロッコリー・ペースト

ブロッコリー・ペースト


昨夜スーパーで仕入れた新鮮なブロッコリー。他の仕込みにとらわれうっかり煮すぎて柔らかくしてしまい『失敗したな~』と思ったが、湯切りし、スプーンで砕き、オイル・ペパー・ビネガー(酢)・マヨネーズ・岩塩を加えて、更に練るようにかき混ぜたら「ブロッコリー・ペースト」になった。刻んだレタスをコールスロー風に仕上げたものに「ブロッコリー・ペースト」を添えてみたらどことなく高級な感じがするサラダに。失敗が元で、思いもよらぬ実に美味しい一品になってしまった。


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