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Ryoji Suzuki Memo

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口語体・文語体



今日は調べ物ついでに自分の思考&私的理解度をメモに取る。『文語体』とは、主には今では普段使わないような旧式の文体を言う。『文語体』を「書き言葉」という言い表し方をする場合もあるが、実際は「書き言葉」といっても、現代では「話し言葉」と、大して変わらないこともある。つまり「書き言葉」が「話し言葉」と、大きく乖離していたのは、日本で言うならば、昭和時代、大正時代以前の話し、ということになる。それらの実際を知るには、明治の頃の文学で多くは『口語体』に直し記されているものの、その小説の中などにでてくる、手紙のやり取りの描写などに『文語体』が用いられている、それを実際読むか、そういうところに気づくことで、それらの違いを解りやすく認識することができるかもしれない。文学自体がどんどん『口語』化されているので、現在書店に並んでいるもので『文語体』が用いられている記述が残っている書籍がどのくらい現存しているかどうか、それらについては私はあえて確認していないので、ここでは定かではない、確かなことは言えない言っていない。メールやチャットが一般に普及するようになってからは、例えば「話し言葉」としての「ちょっと」という表現も「書き言葉」で言うと「少し」という表現に成る訳だが、そこを意識的に使い分けなければならないようなことも、そんなにはないだろう。『口語体』については「現代的な表現」としたり「話し言葉」という解釈もあるにはあるが、電子書籍が普及し、過去の小説などを原作とした映画や動画なども軒並一般化している現代では、全て『口語体』になっている、と、解釈をしてもさほど違和感はないだろうし、その『口語体』の中で「話し言葉」のうち、「書き言葉」にすると、もっともらしい言葉として「軟らかさ・硬さ」のある表現や、「話し言葉」では通常使わないだろうな、という「書き言葉」ならではの言葉がある、それか「書き言葉」としては違和感はないけれど、「話し言葉」として使うには、わざわざ「そうは言わない」言葉というような差がある、という程度の認識で良いようだ。ネットの検索で短時間で簡単に調べてザザッとここに書き残したが、また調べる機会があれば、もう少し掘り下げてみたいとも自分は思う、今日のおはなしでした。なので独自解釈な言い回しもここにはあるしその解釈自体に間違いもあるかも、です。


参考リンク:『文章表現のルール』口語vs文語emoji

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