私の記憶と生い立ちからは「近所の川に魚はいないもの」と決まりきったこととなっていた。そこで。買い物の途中信号待ちで車道の橋上から自転車に乗ったままふと川のほうを眺めたところ、30cmくらいの大きな魚が10匹ほど、のどかに餌をついばんでいる光景が目に飛び込んできたのである。天と地がひっくり返るくらい驚いた。それまで色のない街の景色だったのに、その瞬間から、鮮やかな色や、生きる人々の息吹が視界に、肌に、飛び込んでくるような気がした。3歳の頃、九州の田舎で川の流れに逆らって泳ぐ魚の群れを追いかけた。10歳の頃、秩父の山中で沢ガニと戯れ、赤とんぼに魅せられた。白鷺が飛んでいるのは、まだ10km程先の山の見える方角の田んぼ町まで行かないと見れる光景ではなかった、それは15歳頃のことだ。まるで夢のような記憶と混ざって現実の風景が重なった、そんな瞬間だった。今年もこうして春が廻ってきた。
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