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Ryoji Suzuki Memo

memoRyoji Suzuki image (メモ&ダイアリー)は Ryoji Suzuki の日々の心の足跡。自分向けのメモですが公開しています。良かったらご覧ください。ブログはこちら⇒ねむれないあなたへ

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雑草



ある職に従事していたとき、とある土地の除草を数年に亘り担当していたことがある。それまでの日常では、まったく、と言ってよいほど「土いじり」をしない、そういったことに縁のなかった自分だったので、その仕事に携わった際に、自然の変化や生命力に関する色々なことを随分と学ぶことができた。その仕事をしている頃のことだが、庭草に関することでひとつ面白い発見があり、それを思い出したのでここに記しておく。それは、庭や空き地に自生している草花がまるで手足があるかのように「移動する」ということである。移動する、と言っても一晩で何メートルも移動するわけではない。長い月日をかけて、ゆっくり、ゆっくりと、だ。これまでに、日照があり、その草花にとって、様々な条件の良い環境の土壌にひとかたまりとなって群生していた草花が、新規の建造物などの影響でその日照条件が変化したり、また、たまたま汚水などが突然その付近に著しく排水されるような環境にあったとき、その変化をきたした悪い環境より少しでも違う領域、いくらかでも好条件の領域に月日をかけて群れごと移動していく、というものである。群生している端の方から少しずつ枯れてゆき、新しく根を付けるのに少しでも良い条件の方角へ根付くことで、季節を越えて少しずつ移動をしていた、というわけだが、それを1年越し、2年越しに観察すると、まるで群れがそのままそっくり移動したかのように別の場所で同じ花を元気に咲かせていたりする。単に風向によって、その年の天候の特徴などによって「種子が飛来することで」という条件も加わっているだろう。または私の目にとまった群生が、たまたま体裁よく整って見える条件に偶然一致しただけかもしれない。そうは言ってみても、一介の群れの成す時間をたっぷりかけた営みの必然を知り、そこに触れた己は感動の連続だった。庭の管理、自宅の除草などをごく当たり前に、それか長年、もしくは多くの機会として携わった方がこの話を聞けば「当然のこと」なのかもしれない。しかし私にはとても思い出深い経験であり吃驚体験なのであったのだ。


語句読み:「一介」を「一塊」にかけてもみたemoji
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